因縁

因縁って言葉を聞くとどんなフレーズが思い浮かびますか?

「因縁をつける」とか「因縁深い」とか「因縁を晴らす」

なんか、すごく嫌な感情があってそこから生まれてくる言葉みたいに使われる事が主流となっていますが、

元々は仏教用語で意味はまったく違うものです。

さらに言えば、正確には「因縁果」が正しいです。

「因果の法則」は有名ですよね。ジェームス・アレンの本も有名ですよね。

物事の結果には必ず原因がある。

 

そう。その通りです!

 

花が咲くのは球根があるからだし、いまiphonを使えているのはスティーブ・ジョブズがいたから。

 

でもよく考えてみてください。

 

球根をその辺に置いといたら花が咲きますか?

スティーブジョブズがただいるだけでiphonができましたか?

 

ここには必ず「縁」というものが働きます。

 

球根が花を咲かせるためには、土が必要で水や太陽、人の手、バクテリア、etc・・・

ジョブズがいて、そこにウォズニアックというパートナーがいて乙川弘文老師という師匠がいてetc・・・

 

因果の法則、正確には「因縁果(いんねんか)の法則」です。

 

物事には必ず「縁」という力が働いています。

 

仏教はいろんな宗派がありますが、この「縁」はどの宗派でもいっていることで、もっと言えば仏教の神髄はここです。

 

お釈迦様はここを説かれていました。縁なくしてこの世の中は成り立ちません。

 

そしてやっと前回の瞑想の話の続きになりますが、「今」を感じてもう一歩感じることが大事と書きましたが、ここです。

 

「縁」を感じる。そしてそこに「感謝する」

 

ここです。

 

これが瞑想とは何かの答えです。

 

目を閉じて(瞑)今を感じそこに関わっている縁に感謝する(想)

 

「何に感謝していいかわからない」という声を聴いたことがありますが、それは「今」を感じていないから。

感謝の対象なんか無限にあります。

 

では最も感謝するべき対象は?

 

次回に。

 

※あくまでもわたし個人の見解です

投稿者プロフィール

栗田 駿介
栗田 駿介くれたけ心理相談室(横須賀支部)心理カウンセラー
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